とんぼ

 秋が赤とんぼを連れてきたのか、赤とんぼが秋を引っ張ってきたのか分からないが、網戸の目から、秋が見える。かろうじて土が残った狭い駐車場の上を、赤とんぼが群れて飛んでいる。ここより他に、行くところはないのか、如何にも似つかわしくない場所だ。メダカが隠れる小川もないし、カエルが覗く畦もない。半ズボンから細い足を出して、道草をくう小学生の列も通らない。田圃の上を漂う煙突の煙もないし、ネコ車を押して帰るモンペ姿の農婦の姿もない。  季節を追うこともせず、季節に追われることもない。網戸の向こう側には平凡な日常が横たわり、網戸のこちらには退屈な日常がへこたれる。閉じこめられた小さな空間で、とんぼのフォバリングよろしく懸命に羽ばたいてはいるが、取り残された上昇気流にも乗れもせず、如何にも似つかわしくない醜態をさらし、墜落した精神のように朽ち果てる。  秋は網戸の向こうから独りでやってくる。