引退

 現役を引退した世代に、ギャンブル、アルコール、出会い系サイト中毒が広まっているそうだ。その様な記事を読んでなるほどと思った。職業柄多くの人と長年接してきたから、昨日まで現役でばりばり働いてきた人が、今日から悠々自適の生活という掌を返すような場面にしばしば遭遇して、いったいどの様にこの人達はこれからの時間を消化するのだろうと考えることが多かったからだ。一つの答えをもらったような気がした。と言うのは、僕が引退組にどうしているのと質問すると、ほとんどの人が仕事を辞めてもすることがいっぱいあると答えていたのだ。僕はその答えにずっと違和感をもっていた。どう見ても充実している雰囲気ではないのだ。仕事など何かに追われている様子はさすがにないが、何かを追っているような充実した顔でもない。人間関係が一気に容量を減すためか、的はずれな話題も多い。趣味を尋ねても無いことが自慢だったような人達に今更見つけられるはずがない。経済的に恵まれている人は旅行を繰り返しているが、年金貴族の時代が終わった今、そんな人はなかなか出てこない。 そうしてみると家に畑や田圃がある人は幸せだ。今まで荒らし放題にしていたところをもう一度耕せば、治水にも役立つ。無農薬の野菜を作り、家族に食べさせれば健康も手に入る。出荷すれば小遣いにもなる。定年退職組がぼつぼつと牛窓にも帰ってきているが、やはり田や畑を持っている人が多いように見える。田舎で暮らせば上記の誘惑とは無縁で暮らせる。勿論足を伸ばせばいくらでも楽しむことは出来るが、それに費やす労力を考えると、如何にも効率が悪い。僕は消費すること、消化すること、取り崩すことなどで1日が持つとは思わない。どこかでまだ生産に参画していないと、日常は溶けてしまいそうに思える。  お尻と大腿部の筋肉が落ち、ズボンがだぶだぶになる頃、誘惑ではなくそこにしか通じない小道を一人で歩いている人達が今日も哀しい身支度を整える。