カブトムシ

 おそらく僕の薬局が建っている所は、以前は山の麓だったのだろう。なぜなら山側数十メートルは垂直で岩肌が覗いている。強引に平地にしたように見える。それが戦前に行われていたのか戦後なのかはよく分からないが、少なくとも僕が小学生の頃は今のままのような気がする。
 と言うのは今朝ドッグランで草を刈っていたら、草の中をゆっくり動くカブトムシを見つけたのだ。実際に野山にいるのを見たのは初めてだったので、そのことに感動した。虫に興味はないから、持って帰って誰かに見せると言う行動はとらなかったが、と言うより、そもそも自然界でちゃんと生きているものを、そこから動かしてはいけないと思った。住処も、食べ物も、不自然を強要する権利はないように思えたのだ。
 ドッグランの北側は、切り立った崖の上に「元、山」がジャングル化している。夏など絶対恐ろしくて足を踏み入れることはできない。マムシに猪にスズメバチ。そのどれもが可能性がある。だから、僕が大金持ちになったらその山を買い、不要な木を伐採して、住人が心地よく過ごせる空間にしたいのだが、夢だけで終わりそうだ。草刈りをしながら、物欲しそうに切り立った崖を眺めていたら、あそこはマルシェ用のスペース、ここには花壇、向こうには公衆トイレなどと夢想している哀れな姿と同情してほしい。
 夢かなえば、大木の幹を登っているカブトムシが見えるのに。

http://www.youtube.com/watch?v=zFugBkRivUM