里帰り

 怪奇現象は信じないが、彼女は信じる。若い時から風邪などで薬局を利用してくれていたが、この10数年は母親のお世話で毎週一度やって来る。長い間、母親と一緒にやってきていたが、この1年は母親の痴呆が進み、女性が代理で漢方薬を取りに来る。
 女性はいわゆる「見える」のだ。亡くなった人が見えるのだ。それを売りに何かに利用しようと言うのではない。職業柄立ち入った話もするし、10数年お付き合いがあれば何でも話してくれる。その中で出たのが「見える」なのだ。
 特に見えるのが、葬式の時。亡くなった方が屋根の上から自分の葬式を眺めている光景らしい。今は家族葬になったからそうした光景はないが、嘗ては牛窓などほとんどの家が、葬式は自分の家でやっていた。
 そんな彼女がついに見てしまった。なんと標高160メートル余りのオリーブ園の頂に立っている時に、足元まで海面が迫って来ていたらしい。勿論夢だが、本人も不思議がるくらいその夢の遠因が見当たらないらしい。まさに「見えた」のではないか。
 この話は、僕の聞きかじった情報で彼女がふと口にした。新聞で見た数字だったのだが、100年後か200年後か忘れたが、世界的に海面が15メートル上がると言うものだった。これは衝撃的で、それが本当なら僕の家など、水深10数メートルの海底になってしまう。牛窓はもとより日本中で莫大な土地が海底に沈むことになる。少子化で労働力不足が心配されているが、何よりも土地がなくなり工場なども立地できないのだから、運よく、それが解決しそうだが、どんな世の中になっているのだろうと興味だけはそそられる。当然僕などいないからどうでもいいのだが、これから家を建てる人は若干考慮したほうがいいかもしれない。先祖代々の土地が、瀬戸内海の海底では、里帰りも出来ない。

https://www.youtube.com/watch?v=ISdh7lgNyxk&t=20s