船員

 僕が幼い頃はまだ、牛窓港にもしばしば他所の船が寄港していた。岸壁につけた船を眺めるのが好きだった。当時は牛窓にも船主が何軒もいて、どのお家も羽振りがよかった。当然そこに雇われる船員も沢山いた。
 気が付いてみれば、恐らく今は船主は1軒も残っていないのではないか。船員もいない。だから今日漢方薬を取りに来た隣町の人が船員だと名乗ったときには、タイムスリップしたようだった。
 職業を教えてもらって彼の病気のなりたちが分かったが、3年前から来ているのに仕事は何か知らなかった。
 彼の仕事が船員だと分かったときに僕が発した言葉は「いいなあ」だ。10か月近くフェリーに乗っていないから、そろそろ禁断症状が出かけているところで、毎日海に出れる人が羨ましかった。そして再来週は沖縄に行くと聞いてからは「すごい」に反応が一段ギアを上げた。瀬戸内海航路でも気持ちが高ぶるのに、太平洋を航海すると聞いただけで沸点に達する。一瞬にして甲板から眺める大海原を想像した。
 海岸まで20メートルの場所で育ち、海岸まで歩いて5分の所に帰り、しみじみ海を見ることもなく50年近くが過ぎた。海面の輝きは目を閉じたほうがよく見え、波の音は耳を閉じたほうがよく聞こえ、潮の香は鼻を閉じたほうがよく香る。

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