救急車

 昼下がり、救急車がサイレンを鳴らさずに、僕の薬局の前で止まった。道路の反対側に駐車場の広いのがあるから、救急車でも十分道路と平行に置ける。
 僕の薬局の横は車一台なら通れるのだが行き止まりだから、そのまま入って行けばバックで出てこなければならない。だからほとんどの場合、道路の対面に駐車して、担架だけ持って入って行く。
 薬局の奥には数軒の家があり、どの家も僕より年が大きい人がいる。だから誰が倒れても不思議でない。誰かが運ばれるようなことも珍しいことではない。
 今回担架で運ばれた方は、担架に寝ているのではなく腰かけているかの如くで、隊員と話をしていた。重篤でないのが分かり一安心だが、そのせいか隊員たちの動きもとてもゆっくりのように見えた。救急車がなかなか出発しないのだ。その落ち着き払った姿が、なぜか滑稽に思えたのでしばらく見ていたら、ちょうど息子の車が通り過ぎた。
 まさに薬局の前に救急車が止まり、隊員が一人車外に出ていた。普通なら、電話をしてきて親の安否でも尋ねるだろうと思っていたが、結局は通り過ぎた直後も数十分後も、電話1本かかってこなかった。
 運転しながら薬局の中まで覗けるはずもないから、本来なら心配して電話でもかけてきそうだが、その本来は我が家にはなかったみたいだ。連休を利用してどこかに出かける途中のはずだが、そちらにばかり気持ちが行っているのか、あるいは病気などするはずもないと、根拠のない近未来を確信しているのか。
 どちらにしても極めて正常だ。家族が崩れているのではない。家族も変わっていっているのだ。恐らくよい方向に。あとは僕らがついて行けるかどうかだけだ。

過敏性腸症候群、うつ病のご相談は栄町ヤマト薬局へ