どうぞ僕を呼ぶなと思いながら、順番を待った。思いが通じたのか、納得がいく順番で看護師に呼び入れられた。僕より早くいた人たちが順番に診察室に消えていった後だ。
 1時間前に、急いで3階から降りていて、思わず悲鳴を上げた。まさに「何でここで!」と言う予想もできなかった小さなトラブルだったが、一瞬はさすがに痛みが走った。
 急いでいたから手摺を握るのではなく、掌を滑らすようにしていた。予想もしなかったが手摺の一部がささくれていたみたいで、棘が刺さった。ただしその棘は結構太くて太さが数ミリあった。そして恐らく長さもかなりあるように思えた。
 すぐに血が噴き出してきて、棘が見えなくなった。何となく「やばいな」と思ったから、ティッシュに血を吸わせて患部を見ると、わずかに木切れが見えた。皮膚から端が出ていれば簡単だが、端が意外と深い所にあるように見えた。毛抜きで端を掴もうとしても端になかなかあたらない。何度か試みて、やっと木くずみたいなものが少し取れたが、逆を言うとこれで万事休す。掴んで引き出す個所を失った。もう自分ではどうしようもできないと悟ったので、プロの力を借りようと思った。こういった場合は外科に行くのかなと、ほとんど病院にかかったことがないので迷った。
 その時にふと、息子が救急外来で夜勤の時に、酒を飲みすぎて転倒して運ばれてきた医者の傷を縫ったと言う話を思い出して、ひょっとしたら息子でもやってくれるのかと考えた。そこで息子に電話すると、すぐに来たらいいと言ってくれたので、職場見学も以前からしてみたかったので、いい機会と言うか有り難く参上した。出血もないし、痛みもないから、どうぞ順番通りと願っていたらその通りになったから安堵した。
 僕は端も見えないのだから切開でもするのかと思っていたら、小道具を取り出していろいろ工夫しながら取り除いてくれた。さすが医療機関で、よい小道具があるんだと感心していたら、「これ、注射器の鍼よ」と見せてくれた。単なる工夫かと、幼い時から器用だったのが生かされただけかと一瞬にして興ざめ。
 ところが出てきた棘の長さと形状には驚いた。2㎝くらいの長さでまさに楔のよう。これなら深く入ってしまうわと思えるほどで看護師さんもびっくりしていた。皮膚に沿って刺さったのなら、皮膚を通して色の変化で分かるが、結構皮膚表面から深いところに刺さっていたので、皮膚の色は全く変わっていなかった。ただ結構太くて硬いものが皮膚の下に横たわっているのは、皮膚を触ると分かった。
 単なるドジでの出来事。こんなことでもあっという間に解決できる幸運。その有難さをトルコの地震でがれきの下に埋まった人たちの痛みや苦しさや無念と比べてしまって、後ろめたさが襲ってきた。
 たった1機のジェット機で、何千人の人を救うことが出来る。たった1台の戦車で何千人の人を救うことが出来る。たった1艘の戦艦で何万人の人を救うことが出来る。
 平安の時にこそ答えはある。その答えを追い求めない限り傍観者と言う心に刺さった棘は抜けない。

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