助言

 祝日ですることもなく2階でぼけっとしていたら、インターホンが鳴り妻が裏の戸を開けていた。するとけたたましい話し声がし、皮膚病の方が来ているから降りてくるようにと催促された。 シャッターを開けて体制を整えると表から入ってきたのは年に1度くらいやってくる老人だった。勢いのよい人で何もこちらが尋ねないうちに機関銃のように話し始めた。色々症状を訴えるが、僕は患部を見ればすぐに分かった。患部と言っても頭部だし、髪もすでにかなりまばらだから頭皮がよく観察できる。見たところかなり年季が入っていて、この数年のトラブルのようにはなかった。随分前からではないのと尋ねると、小学校の時からと言う。その男性の小学校の時からと言うと四捨五入すれば1世紀前のことだ。昔はシラクモと言って・・・と説明をしてくれるのだが、当然シラクモではない。「ご主人これは栄養取りすぎ病だ」と言っても、何のノスタルジアか知らないが70年前のシラクモが治っていないと言う。何軒もの皮膚科に行っても治らないし痒くて仕方ないから、スッとして気持ちがいいからと水虫の薬を塗っているらしい。時として脂漏性湿疹の場合白癬菌が影響していることがあるから、それはそれで偶然正しいのだが、あたかもチックを塗っているかの如くべとべとに光っているので、塗りすぎではないのと注意した。 「先生、この頭には苦労させられているんじゃ。ワシは昔、油を使う仕事を長いことしていたから、結構ガソリンなんかに触った後がスッとして気持ちがよかったんじゃ。だからガソリンを頭に擦り込んだことがあるんじゃ」一瞬聞き間違いかと思ったが「ガソリンを塗ったの?どうかならなかった?」と尋ねると、やはりガソリンを塗ったらしくて「一皮むけた」と答えた。「一皮むけたのに治らんのじゃ」と残念そうに言うから、僕はそこで笑いの壺に入ってしまった。  退屈な1日だったが、良いタイミングでこの方が来てくれた。僕も薬剤師らしいところを見せなければならないから、今までの苦痛が軽減されるような皮膚病の薬を出した後「どうしてガソリンを塗ったあと火をつけなかったの」と専門家らしい助言をした。  たった一言で救われた1日だった。