野菜

 会計が済んだ後におもむろに駐車場に止めてある軽トラに招くのは、ほとんどの場合、野菜をくれる合図だ。この男性もやはりそうだった。
 ケース3つくらいに、野菜が詰まっていた。「産直に出せない野菜だから捨てるしかないんじゃ、曲がったり虫が食ってるけれど食べれる?」と言うから「僕はそんなことはこだわらんから頂戴」と即答した。
 実際に全くこだわらないが、もう一つの理由は、あれだけの過酷な労働の産物がむざむざ捨てられるのはいかにも忍びなかった。
 草むしりを日課にしだして、農家の方の仕事が少しは理解できるようになった。僅か10分で失神しそうになるのに比べて、農家の方は長時間外で働ける。体力の差か経験の差か分からないが、ほとんど羨望の眼差した。
 僕は昔からそうだが、野菜の値段がもっともっと上がればいいのにと思って来た。運よく半農半漁の町に暮らしているから、僕らの食生活を支えてくれている人たちがとても身近だ。そしてその方々が体を酷使して働いているのを見てきた。日に焼けしみだらけになりながら、足はO脚になり腰は二重になり、正座もできないのを見続けてきた。もっともっと報酬を得ていいだろうと思って来た。少なくとも、パソコンの前に陣取り情報だけの世界で生きている人たちの報酬と逆転したらいいと思っている。
 国が生産者から高く買い取り、消費者に安く渡す。アメリカなど多額の補助が国から出ている。そしてそれを誰もが受け入れている。僕らが生かされている職業を守り育てる税金だったら惜しくない。額に汗して働き、10分で失神しそうにならない人に大いなる感謝。