善人

 僕や僕の家族、もっと言えば両親達もこの仕事をやってこれたのは、利用してくださる人達が善人だからだと思う。時にそうでない人も紛れ込むが、おおむね善人ばかりで気持ちよく仕事をさせてもらっている。  牛窓と言う半農半漁の町の特権かもしれないが、漁師も百姓もよく笑い楽しい。美しい言葉を使うことは出来ないけれど裏表が少ない。おしゃれしてやってくる人はいないが、話していてなかなかおしゃれな生き方をしている人が多い。僕ら世代の人間は、毎日魚に菜っ葉の食事だったから、地の物を食べて大きくなった。さすがに今はそんなことは出来ないが、その程度の食生活だったので、今更美食もなくて、食べ物の話題が出ないことも特徴かもしれない。どこかに何かを食べに行くなどと言う話題が出たことがない。ただ僕らより下の世代ではそうした話題も出るが、所詮田舎だから、そんなに豪華な食事ではないのだろう。  今では市外の人が半分を占めるから、知らない人同士が多いが、たまに町内の知り合い同士が薬局で出会った様なものなら、話が終わるのを延々と待たなければならなくなる。遠慮のない大声で語り合う、にわかサロンになってしまうが、にわかサロンは僕の願いでもある。町の人が少しでも多くの会話を交わし、つかの間の解放感を味わってもらえればありがたい。  いっそのこと、娘夫婦が思い描く理想の薬局を建て、バトンタッチしたらいいのではと思う。僕には残された時間がないからその当事者になる資格はないが、僕なら小川が流れ、水車が回り、竹林を真似た緑の中にたたずむ薬局を作ってみたい。屈託のない田舎の善人たちに最高のおもてなしをしてみたい。