水面

 2週間前に、遠方から漢方相談に来られた方。今日入ってくるなりテーブルに腰掛け、おもむろにスマフォを取り出し、一心不乱。僕が正面に腰掛けても、止む気配はない。2週間前の素朴で善良そうな印象が一気に吹き飛びそうだった。しかし、僕は待った。どのくらい待っただろうか、やっとスマフォいじりが止み、僕の方を見た。
 悪びれた表情は全くない。そしてそのスマフォ画面を僕に見るように促した。誰かからの会話が載っていた。人様の会話を見てもいいのかどうか迷ったが、見ろと言われて見ないわけにはいかない。
 そこには「教えてあげてください。スマートウォッチと言うものです」と書かれていた。それを読んでことの次第をすべて理解した。やはりこの女性は最初の印象通り、いやそれ以上に善良な方だったのだ。
 そもそも事の発端は、2週間前の問診時に遡る。僕が血圧を尋ねたら腕時計に目をやり、最高血圧最低血圧のみならず、脈拍まで答えたのだ。僕は腕時計式のメモ帳かと思った。女性はそれがリアルタイムに血圧を表示してくれるものだと教えてくれた。なんて進歩的な女性だろうとその時にびっくりして、感嘆したのを女性が覚えていて、その機械がなんていうものか僕に教えてくれようとしたのだ。
 スマートウォッチなるものは、お嬢さんに頂いたものらしくて、僕に手に入れる方法を教えてくれようとしてお嬢さんに尋ねてくれたのだろう。その回答メールを探すのにてこずっていただけの話なのだ。
 僕は80歳を前にした女性が、1時間くらいの距離を運転してやってきて、質問にスマートウォッチでこたえる。そんな、いかにも善良そうな田舎の女性に驚いたのだ。その女性が進んでいるのか、僕が遅れているのかわからないが、一つだけ言えることは、その場面をなんともいえぬ柔らかな空気が支配したことだ。殺伐とした光景や情報に浸らざるを得ない今の時代、時には水面から口を出し、おいしい空気を吸いたいものだ

 

日本を食い物にする悪党の正体。日本経済停滞の失われた30年の原因は何か?インターネットで嘘をついたもの勝ちにする権力者と政治家を許してはならない。元朝日新聞・ジャーナリスト佐藤章さんと一月万冊 - YouTube