忠告

 ある時から牛窓に、それも一応僕の薬局がある中心部にも出没し始めたからおかしいなと思っていた。確かに牛窓は過疎の町だから、猪がどこに出ても不思議ではないが、出方が急なのだ。その謎が解けた。
 牛窓のことに詳しいガソリンスタンドの社長に今日ガソリンを入れてもらいながら、「ベトナムの寮の裏手の畑に足跡が今日ついていた」と話すと、「もう出たの」と言いながら猪が急激に出没しだした理由を教えてくれた。
 オリーブ園の北側は広大な入り江だった。そこを利用してかつては東洋一の塩田があった。戦後そこを埋め立てて畑にしたが、その畑もそこまで広大な土地は必要なくて、一時は空港を誘致するような話もあった。結局は多くの土地を荒れさせて、広大な荒れ地となり下がった。そこに目を付けたのがソーラーパネルの会社で、オリーブ園から見た景色はさしずめ死の塩田跡地だ。広大な鼠色の光る絨毯では味気ない。
 その工事が発表された時、地元のお百姓は、塩田跡地は今や猪をはじめとする、鳥獣の住処になっていて、工事を始めたらせっかくの居住地を追われ四方に広がって住み始めると注意したらしい。だから逃げ出す前に駆除するように申し込んだのだ。ところが市の方は「あそこには猪はいないことになっている」と回答し、結局は何もしなかったらしい。
 工事が始まったのと、猪がどこにでも出没するようになった時期は一致しているらしい。「いないことになっている」日本語を正しく使うことができない人間が役所に勤めているらしい。国の高級官僚ばりの陳回答を、田舎の役人もするのだとあきれた。
 一度散らばってしまった猪を駆除するのはもう至難の業だろう。一歩先を想像することもなく、お百姓の忠告を退けた役人は今でも役所にのほほんといるのだろうか。