前島行のフェリーが止まる波止場の真ん前にある3階建ての家の前の道を曲がると、バスが数台止まれる広場がある。そこが終点で方向転換する場所だから結構広い。昔はそこが遊び場も兼ねていたが、今はもう外で遊ぶ子はいない。
 その広場に面して僕が育った薬局があり、10数年前まで母が守っていた。ある年から母は痴ほうになり、僕と同居を経て、施設に数年間お世話になった。
 フェリーはわずか5分で到着する前島との間を往復する、島民の足になっているのだが、なぜか僕は、高松に行こうと思って、そのフェリーに乗るために車を走らせた。もちろん僕の薬局からも5分くらいで行けるところに波止場はある。そしてその3階建ての建物を回ったところでとんでもない光景を目撃した。なんと母の家の1階部分が水没しているのだ。古い街並みが続くエリア全てが水没していた。まるで海が陸に上がってきたようなものだ。
 車を広場の手前で乗り捨てて、実家に行き2階部分に入った。どうやってそこまでたどり着いたのかわからない。ただ見た光景は、毛布にくるまっている母と、近所に暮らすある家族だ。親子3人で母の家に逃げ込んだのだろうか。ところが母の家なのに、逃げ込んできた女性のほうが、母を邪魔だと罵った。その理不尽さに怒りが抑えられなくて、口か暴力かわからないが、反撃に出ようとしたところで目が覚めた。
 いわゆる悪夢だ。高松に行こうとしたところまでは僕の潜在的な「希望」そこから後は潜在的な「失望」母は守るべき存在として夢に現れたのか、それとも守られたいよりどころとして現れたのか。「何歳になっても子供は子供」と言いながららひたすら老いて尚、子供たちを心配してくれていた母だが、老いて尚、母は母だと思う。