甲斐

 こんなにありがたい話はない。長い間ぶれずに一所懸命勉強してきた甲斐がある。
 ある女性がお金ができたから漢方薬をもらいに来たと言ってきた。自営業者だが最近とんとお客が来ないらしい。訴えを確認した後、しばらく雑談をした。その中で、ある病院にかかった時、医師に漢方薬を飲んでいると告げたらしい。するとその先生がどこの漢方薬を飲んでいるのかと尋ねられて、僕の名前を出したらしい。僕は基本的には、病院にかかっている人には医師のプライドを傷つけないために内緒で飲むように勧めるのだが、実際には言う人も多いみたいだ。漢方薬と現代薬を飲んでお互いを邪魔するようなことは滅多にないから安心して飲めばいいのだが、心配なのだろう。
 多くの場合、医師からは否定的な答えが返ってくるものなのだが、この先生はなんと「ヤマト薬局さんの漢方薬を飲んでいる人はうちの患者さんにも多いよ。よく効くらしくて、大学病院で治らなかった人も治ったりするらしいよ」と言ってくれたそうだ。確かにそんなこともあったけれど所詮薬局だから、病院ではあまり相手にされないような軽医療を守備範囲にしているのだが、邪魔者扱いせずに評価してくださったことに驚いた。その先生は、東備地区では圧倒的な経歴の持ち主で、単に牛窓が好きと言うだけの理由で県外から1日だけ診療に来られている先生なのだが、漁師やお百姓と友達のように話をされるらしくて、僕も多くの患者が、「診察のときに、釣りの話ばかりしてきた」と親密さを自慢するのを聞いた。
 僕にとっては過分すぎる評価なのだが、そうした評価を田舎の薬剤師がされる理由があるとしたらただ一つ。それこそ30年以上漢方薬を教えてくださった先生と先輩方がおられる(た)からだ。人生の建て直しが効かないような状態で大学を卒業して牛窓に帰ってきた僕に、ある薬局の方に紹介されたのが先生と仲間達だ。若造だった僕をそうそうたるメンバーの方がよく受け入れてくださったと思うが、恐らく当時、アトピー皮膚炎を患っていた娘を何とかしてやりたいという僕の強い意志が表情に出ていたのだろう。
 以来ずっとお世話になってきた先生や、先輩や後輩と続けてきた勉強会が来月を持って終えることになった。そうそうたるメンバーはすでに世を去った方が多く、若造だった僕も68歳になった。皆が大きくなってしまったのだ。先生以外は恐らくまだまだ皆発展途上国なのだが、今まで積み重ねてきた持分でこれからは頑張らなければならなくなる。
 今回ある医師からいただいた過分なる評価は、本当は、僕の先生、ひいては先生の先生に対するもので、その点に関しては「当然頂いていい評価」なのだ。先生が教えてくださったことを地道に実行していたら、高名なお医者さんからも評価していただけるという事実は、離れ離れになる会員達の勇気にもなると思う。解散を1ヵ月後に控えた時に、よい体験ができたとをありがたく思った。