母親のお腹が大きい時から知っている成年だ。小児喘息で親が懸命に育てた。その甲斐あって、中学校の頃から一気に元気になった。そしてその後漁師になった。朝早くから働いている。そんな彼が10年以上振りに喘息発作を起こした。そして入院した。長い間、薬も使っていないから 久々の出来事だった。発作が起こるのだから何らかの原因があるだろうと思っていた。多くは極度の疲労だが、案の定彼は14時間くらい海の上にいるらしい。海の上は太陽と海面からの跳ね返りのダブルで紫外線にやられる。だから相当体力を消耗する。疲労感はもとより免疫にも影響しているかもしれない。そんなことを口に出すと余計な心配をさせてしまうから「船の上に1人でいたら気持ちがいいだろう」と探りを入れる。気持ちいいなどと返ってくると安心なのだが「陸から遠いから、1人だと心細い」と言う返事だった。1週間の入院だったが、退院して翌日からもう働いている。どこかにまだ不安を抱えているのだろう。  海から見ると、陸は全く違ったところに見える。何十年住んでいる所でも、まるで見知らぬ土地のようだ。こうした感動を毎日味わえるのだからいいなと心底思うが、僕みたいに体力も勇気もない者には到底勤まらない。そして何よりも全くの自然相手に耐えるだけの「人が苦手」の素質も大きな必要条件だ。どんな人とも旨くやれるなんて素質が邪魔をしたら漁師にはなれない。板切れ一枚の下は地獄状態で毎日14時間も船上にいる勇気はない。四国フェリーでも大きな波のときは怖いくらい揺れるのだから、それに比べればプラモデルのような漁船に乗って波のある日に沖に出るのは怖い。「そんなに揺れんよ」と言うが、岩場や浅瀬の近くならいざ知らず、近くに島がない状態では少しの波でも気になる。  魚油を食事から採らなくなって炎症体質が増えたという説もある。炎症体質どころか人の心の不安定も増えた。世間を泳ぐ魚が、海を泳ぐ魚に支えてもらっている事が最近の研究で分かった。海洋国家の恩恵に目をそらし続けてきたしっぺ返しを今食らっているが、救ってくれるのは医者ではない。彼みたいな若い漁師達だ。14時間、波に揺られる彼らだ。