大台

 隔月回ってくるある製薬会社のセールスが僕の前に腰掛けた。前回来た時には娘が応対しているから僕は4ヶ月ぶりと言うことになる。目の前にしてまず感じたことは「えらい大きくなったなあ」と言うことだ。頭の中で普通あごのほうが細いが、彼の場合はあごが一番太い。僕より背が高いから180cmはあるかもしれない。そんな人間が太ったりしたものならスケールが違う。  今まではスーツ姿だったから、隠れていた部分が露になった。だから一目で太ったのがわかったのだが、本人もそれは十分気が付いているらしくて、太った理由を色々挙げていた。ついに大台に乗りましたなんて言うが、その大台が僕には分からない。そこであてずっぽうに「3桁?」と尋ねると、どうやら図星で100kgに乗ったらしい。セールスだから1日中車に乗っている、県外への出張が多いから軒並み外食になる。ウォーキングなどする習慣もない。こうなれば太るほうが自然だ。ただ、それで元気ならいい。それもほどほど元気ならいい。いけないのは元気すぎることだ。疲れを感じないのが一番いけない。仕事をしたくて日曜日でも薬局を回りたくなるのはよくない。何故なら、肝臓の中に脂肪を溜め込むと、原付を動かすのに120ccのエンジンをつけているようなものだ。エンジンがやたら強くて車体を酷使したら車体が持たない。同じようなことが体の中でも起こる。まして脂肪肝の診断が下りているのだからなおさらだ。カロリーをオーバーして摂ったら、肝臓に脂肪として蓄えられる。それがやがて肝臓の組織を硬化させていく。  僕が問診をする理由もないが、僕より一回りくらい歳下なのに、どうみても健康的には僕のほうが歳下に見える。これで血圧でも高かったら危ないのではないかと思ったので血圧を尋ねると、高いときには170くらいあるらしい。このパターンを僕は多く見てきた。出力満開状態だ。自爆予備軍だ。  彼が僕に何かを求めているわけではないが、さすがに危険だと思ったので食養生とウォーキングを勧めた。すると彼はこの数ヶ月、スレンダートーンと言う機械を買ってお腹に巻きつけダイエットを試みていたそうだ。僕はその機械がどんなものかしらないが「それでどのくらい効果があったの?」と尋ねると「その機械を使っている間にどんどん体重が増えて3桁になりました」と答えた。製薬会社のセールスでもそんな胡散臭い機械を信じるんだと意外だった。  長年職業的に多くの人と接してきたから、かなりの事が分かるようになった。それなのに一番長く接している自分が今だ分からないとはなんとも皮肉なものだ。