急死

 そんなことが本当にあるのかと思うが、教えてくれる顔は真剣だ。  ある製薬会社の女性セールスは大の犬好きで、我が家と同じミニチュアダックスを飼っている。毎月、自身の手作りの近況報告を薬局に置いて行くが、必ずその犬が登場する。我が家より1歳年上の14歳だから、もう老齢犬だが、ミニチュアダックスは小さいからいつまでも幼いように見える。  その犬がこの連休中に急死したらしい。心の中では整理がついているのかついていないのか分からないが、気丈に振舞っている。「私は区切りはついたんですが、猫のほうがまだ尾を引いているみたいです」と言う言葉の意味が分からなかった。当然年齢的にも別れが近いことは覚悟していたから、いつまでもくよくよしませんと言うところまでは分かる。ただ猫のほうが途方にくれているのが分からない。猫って途方にくれるのだろうか。  セールスの家では、8歳の猫と13歳の猫が仲良く同居していたらしい。8歳と言うことは、猫にとってはいつも犬はいて当たり前の話なのだ。それが急にいなくなったので、いつも犬がいたあたりをじっと見続けているそうだ。そして、犬がよくもぐっていたコタツの中を探したり、犬が休んでいた布団の匂いをかいだりしているそうだ。  死んだ姿を見せなかったのと尋ねると、やはり見せてお別れをさせたらしいが、猫にとっては寝ていたとしか見えなかったのでしょうと教えてくれた。今まで3匹も犬を飼ってきた人だから、動物に関しては詳しいのだろう、そんなことが実際にあるのと思うような解説をしてくれる。  急死と言っても、1ヶ月くらいは心臓の弱りから来る咳をよくしていたらしい。死ぬ前に焼肉を食べたと言う話を僕にも妻にも娘にもしたのは、自分を慰めたいからだ。人は各々苦しみや悲しみを薄める方法を知っている。その方法を知らない人が時に自分を責める。または自分自身を消す。  1歳年下の我が家にもいずれ別れがやってくる。僕にとって「薄める方法」は何なのだろう。