桁違い

 当然、宿泊は断ったのだが、1時間以上滞在して、遅い夕食を御馳走して出て行ってもらった。若い男女数人を一つの空間に泊めるほど僕は寛容ではない。ただその時に1人の男性が面白いことを口走った。その内容に考えさせられるものがあった。  今回東京と大阪で暮らしているかの国の青年が訪ねてきたのだが、その中の1人が僕を慕って再来日した女性だ。彼女が国に帰って日本語学校に通っていた頃に知り合った仲間らしいが、彼女に全員が世話になったらしい。日本で暮らしていたから日本語が上手で、その知識の世話になったのかと思っていたら、どうやら経済的な面で世話をしてもらったらしい。どの程度の世話か分からないが、日本で3年働けば30年分の給料などと言っていたから、それなりのことをしてあげていたのだろう。屈託も無く「お世話になっていました」と明かしてくれた男性の父親は外科医で母親は内科医らしい。両親が医者で、まだわらぶき屋根の家に住んでいる女性からお金を融通してもらうのはおかしいだろうと言うと、「私の国は、医者は特別な仕事ではないです。普通の公務員です」と言った。その上「仕事が終わったら、全然違う仕事のアルバイトに行っています」と衝撃的なことを付け加えた。一瞬耳を疑ったが、ロシアの医者もそのような待遇であることをテレビで見たことがある。タクシーの運転手もしていると言っていた。社会主義国共通のことかもしれないが、だとすれば、医者になった動悸は何だったのかと思ってしまう。  そう言えば先日、かの国の寮に遊びに行ったとき通訳が、僕の息子が医者であることを知って「お父さん、息子さんは給料いくらもらっていますか?」と尋ねられた。答えるのを躊躇っていたら「20万円くらいですか?」と追い討ちを掛けられた。さらに答えあぐねていると「それでは30万円ですか?」とあまりの高給にびっくりしていた。結局僕は答えることはできなかったが、かの国の様子がよく分かるエピソードだった。  翻って、果たしてこの国で、他の職業と同じ給料だったら、どのくらいの人が医者になるだろう。薬剤師もそうだが、果たして給料以外のモチベーションを持っている人がどのくらいいるだろう。業界団体を作り、政権党に票を渡す代わりに、税金の一部を報酬としてもらう、こんなあくどい関係が作られている中で、純粋な医療が行える人がいったいどのくらいいるのだろう。正に桁違いの給料をもらい反り返っている人間に、算術以外が出来るのだろうか。  人の上に人を作らず、人に下に人を作らずと、新しい日本を作るときに打ち出された崇高な理念は、守銭奴たちに踏みにじられ続けている。