山肌

 僕が持参した紙袋の中に薬が入っているのを見つけると一瞬にして満面の笑みを浮かべ、通訳に向かって、けたたましく何か話していた。僕はその顔の変化を見てしまったから「こんなに期待してくれているんだ」と嬉しさより緊張感のほうが勝った。  数日前に、その女性から甥の事について尋ねられていた。なんでももう5歳になるらしいが、食欲がなくやせ細って、病気ばかりしているということだった。伯母に当たるその女性が帰国するにあたって、何か薬を買ってきてと頼まれたらしい。向こうの国の人にはよくあることで、荷物の重量制限ぎりぎりまでお土産を買って帰る。僕は液体のアミノ酸製剤を思い浮かべたが、後1kgしか荷物に積めないといわれ苦肉の策で処方を考えた。錠剤で4か月分560g。これなら大丈夫だ。優しい伯母の顔があった。  それにしても、まず国で医者にかかるべきだと思うが、医者には行っていないらしい。病気か虚弱か分からない。日本で果たして同じ状態の子を病院に連れて行かないことが出来る親がいるだろうか。日本に働きに来て、日本人と同じような顔をして同じような服を着ているから、あたかも同じ生活水準だと勘違いしてしまうが、本当は病院にも連れて行けないくらいなのだ。まして農村部の女性が多いからこの話のような水準で暮らしている人ばかりなのだろう。一度国に帰ったら、向こうの生活水準に戻るから日本の薬など買えなくなる。だから僕もお土産として持って帰れる量で治すことが出来るような薬を作らなければならないのだ。  今回のように子供に関しては、体が弱いという相談や皮膚病が多い。大人は、酒とタバコと重労働が原因のトラブルが多い。僕は2週間勝負の仕事を毎日やっているので、途中で病状の変化を確認できずに、数か月分の薬を手渡すのには抵抗がある。もっと役に立てるのにと思っても制限が多すぎて、歯がゆさこの上ない。  助け合わなければ暮らしていけない国から来た女性達に僕は多くのものを教わる。多くの感動も得る。見上げれば満月。数日後には、かの地の山肌で彼女達はこの月を見るのだろうか。