赤穂ハーモニーホール

 「船から、海浜公園が見える?」その後にはいいなあと言う言葉も心の中では続けていた。  話していたのは若い漁師だ。恐らく牛窓の漁師では一番若いと思う。僕が知っている限りでは3代目だ。彼のおじいさんもお父さんも薬局を利用してくれているから3代が揃って利用してくれていることになる。なかなか漁師もハードな仕事だが、3代がそれぞれ船を持ち頑張っているのはすごい。3代目など生まれたときから薬局に連れられて来ているから、僕は彼の成長をずっと見ていたことになる。ただ彼が赤穂の海にまで行って漁をしていることは知らなかった。海には海のルールがあり、岡山県の漁師が兵庫県の海で魚をとっていいとは知らなかった。僕の顔の表情で分かったのか「兵庫県の許可を取っているから魚をとることが出来る」と教えてくれた。  「海浜公園のゴンドラが見えるの?船をつけて遊びに行けばいいじゃないの!」と言うと「そんな暇はないし、一人で行っても面白うねえ(面白くない)」と答えたが、当然といえば当然だ。2時間かけて辿り着き、それから1人頑張るのだから無駄な時間などないだろう。彼にとっては単なる仕事場なのだ。ところが僕は結構赤穂には思いいれが強い。それは初めて第九を聴いたのが赤穂のハーモニーホールだったからだ。新聞折込でコンサートを知って、何を思ったかチケットを手配して初めてクラシックを生で聴いた。初心者の僕は多いに感動した。そしてそこから病み付きになった。そうした想い出の街なのだ。  赤穂の第九のコンサートは隔年開催だった。計3回聴いた。2回目からはかの国の女性たちを連れて行くことになった。午前中は例の海浜公園でくつろぎ、午後コンサートを楽しむ。僕にとっても彼女達にとってもすばらしい時間を過ごす事が出来た。ただ残念ながら昨年は開催されなかった。ホームページを今か今かと毎日のように見ていても、開催日時が告知されなかった。そこで直接電話で尋ねると中止を知らされた。理由までは尋ねなかったが想像はつく。あの規模の街で歌い手を集めるのは大変なのだろう。  何故か赤穂からも漢方薬をとりに来てくれる。隣町の日生と縁が強くて、日生の人たちの紹介だと思う。牛窓、日生、赤穂と、海から見れば恐らくとなり町だ。牛窓も日生も、漁師町で文化の香りはしないが赤穂は少しだけ趣が違う。ハーモニーホールの1つ分の香りが漂う。