電話

 電話が鳴ったらすぐに男性は僕に断りを入れて受話器をとった。そのすばやさは、約束されていた電話のように思えたが、案の定、第一声が「よかったなあ、心配していたんよ」だったから、正に待っていた電話なのだ。わずか2メートルくらいの距離だから聞き耳を立てなくても聞こえる。「お母さんもホッとしとるじゃろう、心配しとったから」と言うことは孫が電話をしてきたということか。「5時よ、予約しているからお母さんに遅れないように言うとってよ」これは、お祝いの食事会でも予定していたのだな、本当のお祝いの会になってよかったなと、全く関係のない僕でもホッとする。  僕より一回りくらい年上の男性は、元々声は大きいが、それに心の高ぶりを伴っているから余計大きな声になる。今日合格の電話が入るのは一体何の試験だったのだろうと考えてみた。電話が終わればきっと男性は、「言わずにはおれない状態」だろうから若干予備知識を持っていたかった。だが、もう10年以上受験などと言うものから遠ざかっているから見当がつかない。昔で言う国立の二期校の発表でもあったのかと、適当なところに落ち着かせていた。  さあ、言わずにはおれない劇場が始まると思って待ち構えていても、全くその話題に誘導しない。と言うよりさっきまでと同じように黙々と仕事をしている。結局、僕がお暇するまでその話は出なかった。いわずにおれない状態どころか、終始クールだった。仕事を評価して僕はお付き合いしているのだが、こんな態度をとられたら人間性まで評価してしまう。  一本取られての帰路、カーラジオでニュースを聞いていたら、県立高校の合格発表の日だってことがわかった。自分の喜びが決して人様の喜びになるとは限らない。むしろその事で辛い思いをする人のほうが多いかもしれない。その事をよく知っている人なのだ。たった一人の観客の前で、最上のパフォーマンスを見せてくれた。こうありたいと思えるほどの。