九死に一生

 世の中には九死に一生を得る人は多いと思うが、三十六死に一生を得た人は少ないだろう。運のよさと生命力を感じる。いみじくも漏らした「死ぬのは別に怖くないんじゃが」の勇気と言うか悟りと言うか、得も知れぬ価値観のおかげなのだろうか。 相も変らぬ処方箋を持ってきた男性に、最近調子はどうと尋ねたら、一杯喋って帰った。誰かに話したかったのだろうか。  つい最近、山にサイクリングに行ったそうだ。仕事がその関連のものだから下調べにでも行ったのだろうか。そこで倒れたらしいのだ。物理的に倒れたのではなく、低血糖を起こしたのだ。動くことが出来なかったから携帯で助けを呼んだのだがつながらない。何故か10回目くらいに弟さんにつながったらしい。弟さんは慌てて警察に連絡してくれた。そして警察から携帯電話に連絡があり、「すぐに助けに行くから」と言ってくれたらしい。結局、救急車ではなく、パトカーで市民病院まで連れて行かれて点滴を打ってもらい帰宅したらしい。  山の中で動けなくなったのに、そしてそこがどのあたりか説明もしなかったのに、パトカーで警察官が駆けつけてくれた。不思議そうに聞いていた僕にその男性がGPS機能のおかげと教えてくれた。よく事件の解決に携帯電話から電波が出ていたなどと書かれているが、きっとこのことだろうと思った。携帯電話を持ったことがないので、どのような機能があるのか分からないが、命を救ってくれることもあるんだと思った。そんなに安全が買えるならもう持ってもいい歳なのだろうと一瞬迷ったが、僕はそもそも人里離れたようなところに1人で行くことはない。まず何処にいても人はいる。何かあったら助けてくれるだろうし、助かる必要が無いときも人生で一度必ずある。  周りに人がいるのに私的なことを大きな声で喋ってしまう、そうした行動は僕には出来ない。そのあたりは頭が古いのかもしれないが、人様に迷惑をかけないように背中で教えてくれた母がまだ顕在だから、僕もまた期待もされていないのに誰かにそうした姿を見せる。 ちなみにこの男性、今まで脳梗塞2回、低血糖で風呂で倒れ救急車で運ばれたこと1回。兵だ。