専門書

 今度はもうだめだと断言していたのに、結局原因は分からず、ただ悪い病気ではないとお墨付きをもらって帰って来た女性の夫が今日薬をとりに来た。夜を徹して働くこともあり、疲れを回復するのに便利な薬が僕のところにある。それを時々とりに来る。  妻が悪い病気ではないと診断されて帰って来たので喜んではいるが今ひとつ不満げだ。それは妻が激痛と表現していた痛みが、癌によるものでないことは分かったが、原因は同定されていない。その事が彼には不満なのだ。と言うのは彼には同じような体験があり、それがフラッシュバックするのだろう。「大きな病院の先生なんか、ワシに指図するんかと言わんばかりなんじゃ」と語り始めた内容によると、彼のお父さんがもう6回くらい手術を受けている。ある夜、お父さんが急にお腹が痛いといい始めたので救急車で大きな病院に運んでもらったらしい。当直の医師に診てもらったが特別悪いところは無かった。何処も悪くないのだから連れて帰ったのだが、翌日になってもよくならない。そこで彼は再び岡山市にあるその病院に連れて行った。痛い痛いと訴えるのに、再び原因は見つからなかった。帰ってもいいと言われるが、おんぶして車の中から診察室まで運ばなければならないような人間が、異常がないと言うのに彼は引っかかった。途方にくれているときに偶然主治医が通りかかった。そこで父親の経過を知らせると、レントゲンを撮ってくれて肺に炎症があることを見つけてくれた。父親の痛い痛いは、苦しい苦しいだったのかもしれないが、外科の先生にとって異常無しでも、他の医師が見ると異常ありかもしれない。  大病院のように高度に専門化すると、意外と自分の対象としている以外の病気にはクールなのかもしれないと思ったが、だからと言って僕達の薬局のように、低レベルで何でも屋も困る。情の熱さで病気が治るのならいいが、専門書の厚さにはかなわない。