見舞い

 「どう言っていいか分からんが。だから、『大事にして、元気でなあ』とだけ言って帰った」なるほど、僕も分からない。僕自身も最も苦手とする場面だし、あまり経験もない。願わくばそういった場面に遭遇したくない。  昨夜、薬局が閉まる直前に頭痛薬を取りに来た男性と少しだけ話をした。常連さんで、僕より2歳上だと思う。彼が最近ある人の見舞いを頼まれて出かけて行ったらしい。頼まれたのは、仕事仲間の息子さんらしくて「お父さんが〇〇さんに会いたがっているから、会いに行ってやってもらえませんか?」と言われたらしい。そのお父さんが癌で入院していることは知っていて、いずれ見舞いに行かなくてはならないと思ってはいたそうだ。そこで意を決して見舞いに行きベッドのそばに立ったのだが、掛ける言葉に苦労したらしい。酸素マスクで呼吸も頼りなく、言葉を交わすことも出来ない。一方的に彼が話さなければならない立場だったみたいだ。そこで辛うじて口から出た言葉が冒頭の言葉だった。「まさか、いてえか(痛いか)?苦しいか?とも言えんしなあ。本当に困った」  腰が痛いと半年くらい前に言うから、「癌かもしれんから、病院に行ったら」と冗談で言ったらあたっていたらしい。肝臓がんで転移もしていたのだろうか。別に責任を感じているわけではないが、痛いという言葉がかなり耳に残っているらしくて「癌だけにはなりとうねえ(なりたくない)」「癌が一番つれえ(辛い)」と同じ言葉を何度も繰り返した。それもそのはずで、つい最近同級生をその病気で亡くしているらしいから、年齢的に身近に迫っていることを感じているのだろう。癌の一番の原因は長寿だといわれるくらいだから、長生きをしている人や長生きを目指している人は誰もが覚悟しておく必要がある。  いつもは決まった薬を決まっただけ持って帰るので1分もあれば帰っていくのに、昨夜に限って5分以上話をしたと思う。なんとなく不安に思っていて、口から出して楽になりたかったのだろうか。案の定、話し終わると結構笑顔が出て、「よう(よく)話した。スッキリしたわ、タバコを買いに行ってこう(いって来よう)」と言いながら出て行った。