無防備

 なんて痛々しい格好で薬局を巡っているのだろうと、正視するのが気の毒だった。目をそらすわけにも行かないが、僕の薬局など飛ばして帰って欲しいくらいだった。ただ、根っからまじめなセールスだし、働くことが好きな日本人だし、又企業の厳しさもあって、以前と同じように訪ねてきたのだろう。でもあまりの気の毒さで、薬の話など出来なかった。  そのセールスは大きなギブスを首に巻いていた。正面しか見えないのだろう、やたら姿勢がよく見えた。首を固定しなければならないのだから当然のように「鞭打ち?」と尋ねた。すると想像を超える答えが帰って来た。「骨折です」その瞬間僕自身があたかも疑似体験するかのような気分の悪さに襲われた。首を骨折して、他県から車を運転してやってこれるのかと、すぐにはその答えを受け入れられなかった。しかし彼が12月の事故の詳細を教えてくれると、そうしたこともあるんだと納得した。  広島県のある田舎道を走っていたときに、老人が運転する車が急に優先道路を走っている彼の目の前に飛び出てきた。彼は急ハンドルを切って衝突を防いだのだが、反対車線の側溝にタイヤが落ちた。その落ちた衝撃で首の骨を折ったらしい。側溝に一輪落ちただけだから、そんなにダメージはなさそうだが、無防備に落ちるとこんな骨折もままあることらしい。側溝があることなどわからないから、身構えることも無かった。落馬した騎手が同じような骨折をするらしい。  その老人は、脱輪した彼の車を無視していなくなったらしい。「いっそのことぶつかっていればよかったのに」と彼の身体を優先して言うと、救急病院の医師も同じことを言ったらしい。自分にも責任があることはそのお年寄りも分かっていうはずなのに、現場から立ち去ったのは許せない。防犯テレビなど無い田舎道だったから結局はやられ損だ。そう言うと彼は「この程度ですんだのですから、いいとしないと」などと聖人のようなことを言う。そこまで寛容になられると僕が卑しい人間に思えてくるが・・・その通りだ。反論はできない。  夜、暗い道を歩いていて、ほんの少しの段差でも急に落ちると、結構な衝撃が首に走る。そんな経験は何回か僕にもある。同じ道を昼間意識して歩くと何の変哲も無いのに。無防備とはこんなに衝撃を受けるものかと驚いたものだ。彼の話を聞いて人よりきっと僕は臆病になれる。こと車を運転するに当たっては臆病すぎてなんら差し支えない。誰も傷つけず、自分も傷つかない。免許証を返納するまでそうありたいものだ。