安堵

 「あの頃ワタシ、本気で死ぬんではないかと思っていた。朝、目が覚めると、ああ死ななくて良かったと毎日思っていた」  あの頃からもう半年過ぎたが、そんなに悲愴な気持ちで薬を取りに来ているとは思わなかった。以前、頻繁に僕の薬局を利用してくれていた女性だが、ある日を境にパタッと来なくなった。幸せに健康的に毎日を送ってくれているものと思っていた。大体僕の薬局でぴたっと来なくなる人は、完治したか入院したかが多いから、40歳になったばかりの女性が来なくなったら完治したと思うのが自然だ。彼女は当然完治組だが、その後の不調はドラッグストアでまかなえていたらしい。ところが1年位前からかなり深刻な状態が続きそこから脱出できなかった。そこで数年ぶりにやってきたのだが、僕なら役に立てるトラブルだった。どうしてもっと早く来なかったと思うが、棚に並んだ薬を取る癖がついたから、それでなんとかなると思ったのだろう。  それにしても毎朝生きていて良かったと安堵する不健康さは、心細かっただろう。家族内の空気を知っているし、交友関係が極端に狭いことも知っているから、孤軍奮闘していたのだろうが、それには限界がある。どういう理由か知らないが極端に医療機関を恐れるから、よほどのことがない限りかからない。本人以上にこちらが「生きていて良かった」と安堵することのほうが多い。「絶対若死にだ」と言う僕の予言を毎年裏切り続けているが、出来れば永遠に裏切り続けて欲しい。勿論この予言は本人には言ってある。そんなことが言える薬局なのだ。  人生でつじつま合わせがあるとしたら彼女は典型的だ。何の幸運のいたずらか分からないが、牛窓に嫁いできてからはかなり女神に守られている。是非プラスマイナスゼロで終わって欲しいと思う。勿論あと40年後ぐらいに。それを僕は見届ける。その頃僕は100歳を十分越えているが。