移住

 「仕事をやめたらぼけるよ」は心優しいエールなのか、それとも実利主義なのか。  腰はまだまだ完全ではないが、2階で寝ていても別段回復が早まりそうにないので、今日は勇気を出して階下に降り白衣を着ていた。何かの役には立つだろうと思ったのだ。案の定、心臓病の初めての相談者が来たのが、丁度娘が漢方薬の患者さんの相談にあたり、娘婿が処方箋患者の調剤をし、手伝いの薬剤師が郵送の漢方薬を作っていたときだった。僕しかいないという状況を、まるで作ってもらったような瞬間だった。僕は何でも正直に話すタイプだから、初めて相談に来た方に「ぎっくり腰で腰が痛いから、そちらのテーブルに行くのに1分くらいかかるよ」と変わった挨拶をして事務室から相談コーナーに移動した。するとその患者さんもぎっくり腰を4回も経験しているらしくて、えらく同情してくれた。「4回くらいならまだまだ僕には勝てない」と僕が答えると、一気に緊張が解けたみたいで、その後の問診も打ち解けて、得たい情報を全部頂いた。恐らく腰痛を抱えていても、いい漢方薬を作ることが出来たと思う。(もっとも作ったのは応援の薬剤師だが)  夕方まで結局階下で手伝い、半人前でも僕がいない状態だと気の毒だったなと思ったので、その旨を告げると、「お父さんがいなくてもやれるけど、しんどい」と言った。しんどいという言葉にえらく胸が打たれた。確かに、漢方薬局はしんどいのだ。人様の苦痛を理解し、それに対する処方を決め、服用していただいた結果に一喜一憂する。この果てしない繰り返しは結構しんどいのだ。調剤業務と言う肉体労働に関して発した言葉ではないと思う。それはみんなで分担できるが、患者の症状変化に対しての責任は1人で感じるものだ。恐らくそのあたりをしんどいと表現したのだと思う。そしてその後、冒頭の言葉を発したのは、少しは僕を評価しているのだなと嬉しかった。もっとも、今現在、僕から仕事を取られたら何もすることがない。ただ今回のことでいつ自爆するか分からない経験をしたので、僕もいつまでもと言うわけには行かない。冬がない国、そう「かの国」にひょっとしたら健康面の理由で移住しなければならなくなるかもしれない。引ったくりは多いが殺人はまだ少ない国、娯楽施設が整備されていないから、夜な夜な街頭に出てたむろする国、結婚すると親類縁者の家計を支えなければならない国、銀行に相手にされないから個人で貸し借りをして、貸すほうにばかり回るだろう国、何か行動しようとすると役人に賄賂が必ず必要な国、交通違反をしたらその場で警察官に3000円相当上げる国、女性は向上心旺盛で勤勉だが、男性は昼間から道端でお喋りばかりしている国・・・に。