悪夢

 僕はパソコンに向かって作業をしていたから、背後で娘と患者さんが話していることが断片的にしか耳に入ってこなかった。処方箋を持ってやってきた男性に、薬を渡しながらなにやら説明しているみたいだった。ほとんど僕にとっては音でしかなかったが、ある単語で突然振り返った。その男性が出した言葉が「水戸黄門」だった。  最近水戸黄門を話題に出す人がいるのだろうかと思えるほど、パナソニックの決断から、その単語を耳にしなくなった。いまや死語になりつつある懐かしい言葉が僕の至近距離で発せられたのだから、振り返らずにはおれない。振り返ると小太りの男性が「早く帰らんと水戸黄門の再放送が始まるんじゃ」と娘に訴えて急かしていた。毎日4時から再放送されていて、僕も忙しくて運よく昼食がその時間になったら、水戸黄門を見ながら食事をし至福の時間を過ごす。学生時代一人アパートの狭い部屋で、米を炊き、塩をかけ、水をかけて、水戸黄門を見ながら食べていた頃からのファンだ。再放送でも、再々放送でも、再再々放送でも気にならない。お決まりの悪代官をやっつけてくれればそれで溜飲を下げ満足なのだ。今の政治屋も昔も同じようなものだから、とにかく悪いやつらが「懲らしめられる」のは気持ちがいい。  その男性が帰った後、娘に男性の年齢を聞いてみた。すると僕より3歳上だった。なるほどその年齢ならまさに水戸黄門とともに育ってきた世代だ。彼が何と波長があってそこまでのファンになったのか知らないが、悪が栄えることはないという当たり前のことが心地よいのかもしれない。ただそれを映像で見ての満足で終われるほど今の世は安穏としてはいない。1%の人間が99%を支配するために着々と包囲網を狭めている。下々には知らしめず。知らない間に悪夢は始まっている。