五感

 道路の向こう側にある廃屋を片付けてから、展望が一気に開け、体育館の広い駐車場やテニスコート、果てはイルマーレ牛窓と言う大きなホテルがある山まで見える。2年前まではその全てが見えなかった。2年間見続けてきた風景なのに、今日はなんとなく電信柱が目に付いた。今まで意識してみたことはなかったが。どこにでもある電信柱の上よりの辺りから、斜めに太い筒みたいのが地面まで延びていることに気がついた。倒れないように支えをしているのだろうが、下半分が太くなってその理由を、蛇が上がってこれなくするものだと考えた。  昼前におばあさんを車で連れてきた若者が「電信柱が倒れているんではないですか?中国電力に電話しました?」と不思議そうな顔で言った。一瞬何のことを言っているのか分からなかったが、ひょっとしたら僕が今朝見た光景と関係あるのではとすぐに思いついた。青年は僕に教えるために薬局から出て、怪訝そうな顔で指差した。なるほど気がつかなかったが支柱のように見えたのは細い電信柱だった。と言うことは昨日まで立っていたのが倒れたってことだ。この辺りがなぜ停電しないのだろうと不思議に思って僕は道路を渡り、給食センターの敷地に裏門から入った。なるほど根元から完全に折れていて、太い電信柱に上手く寄りかかっていた。電線は地面を這っているが切れてはいない。だから停電しないし誰も気がつかなかったのだ。あれが薬局の駐車場のほうに倒れて直撃を受けたら車は勿論、人間も廃車だ。いつ倒れたのか分からないが、昨日は日が暮れてから帰ってきたので、暗闇なら避けようがなかったろう。  給食センターに電気を引き込むだけのような細い電信柱の存在に今まで気がつかなかった。しかし、今朝は明らかに風景に違和感を感じていた。人間の五感って不思議なものだなあと、感じずにはおれない経験だった。