授業

 なんでもない依頼なのに自分ではえらい手間取っている。アドリブで1時間くらい埋めることは出来そうだが、どうも自信がない。そこで薬剤師会が配布してくれている危険ドラッグのDVDを見てみた。一度見ても何もアイデアが浮かんでこなかったので、結局は3回見てしまった。小学生から高校生までどのあたりを対象に作っているのか配布された時に聞かなかったが、小学生には難しい。覚せい剤脱法ドラッグや果ては麻薬まで、専門的な言葉と、隠語がいっぱい出てくる。僕にはどれも馴染みがないから初耳ばかりだ。ハーブや薬に似せた錠剤などの実際の写真が出てくる。そしてそれらの効果が列挙される。元気になったり、寝なくて頑張れる、やせる、色彩が鮮やかになったり、聞こえない音が聞こえるようになったりと、なんて素晴らしい、恍惚の世界が広がるのだろうと思ってしまう。僕が授業のために何度も薬局内で再生していると、姪や娘が、余り小学生には見せないほうがいいのではないのと言った。僕も全く同感だった。

 何も知らない子供たちが、世の中にはこんなに素晴らしいものがあるのだと知ってしまいそうだ。勿論薬剤師会の結論は、そうした素晴らしい世界は努力してつかみなさいと言う至極まともな結論だったが、ふとその結論部分で居眠りでもしていたら、その子は授業で得た知識でその道に入っていってしまうのではないかと思った。結局僕は、DVDを使わずに僕の言葉で話すことにした。ドラッグや覚せい剤や麻薬をイメージできるものは映像では見せまいと思った。  ダメ、絶対ダメと薬剤師会のDVDは訴えているが、そしてそれには知識が一番大切だと言っているが、薬物の危険性について知らなくても、全うな生き方を知っていればそんなものに興味が向かないことは経験的にわかる。そして全うな生き方をしていれば、その筋の人間が近づいては来ないことも経験的に分かる。明日はその全うな生き方について喋り、いや生徒に喋らせ、その言葉通り全うな人生であれるような小さなヒントでもつかんでもらうことにする。素人教師だからこそ出来る授業にしてみたい。