執念

 なんて執念だろう。薬剤師は1週間かけて、路上で保護した犬の飼い主をついに見つけた。昨夜飼い主の元に届けてきたとメールで知らせてきた。たいしたことをしたはずなのに、わずか1行の報告ですますところが、本物のボランティたるゆえんだろう。なんら昂ぶりを感じさせなかった。  そのことは今朝薬局に来てからの態度でも分かった。飼い主のところに届けると、犬がとても喜んで飼い主にじゃれ付いたらしい。そ

のことで、飼い主に可愛がられていたことを知って嬉しかったと言っていた。薬剤師にとっては、飼い主よりも犬の表情のほうが大切だ

し、真実も見えるらしい。あくまで犬目線なのだ。低俗な僕はその感動yの場面で飼い主がどのように反応したか知りたかったので尋ねてみた。だが特別驚くほどの感動の場面も、繰り返される礼もなかったらしい。僕は手を握り締め何度も何度も頭を下げるような光景を期待していたのだが、そうではなかったらしい。勿論礼は言われたらしいが。僕など高島屋のお菓子でももらってくるのかと思ったが、手ぶらだった。もっとも薬剤師がこの1週間どのくらいの労力を費やしたか飼い主に分かるはずがないから、ありきたりの挨拶程度で済んだのだろう。ただ、僕たち家族はその労力をつぶさに見せてもらえて、ボランティアという人たちの志の高さを知った。このことで僕の家族は大いに勉強させてもらった。  薬剤師が保護した場所は、飼い主の家からわずか150m位のところだったらしい。見つかった方角には散歩に行ったことがなく迷ったらしい。わずか150mのところで迷子になる?犬の片隅にも置けないから薬剤師に尋ねてみた。「ひょっとしたら犬はその時、我が家に帰ろうとしていたのではないの?あなたがいらぬことをして問題をややこしくしたのではないの?」と。するとプロはこう言った。「犬は目的を持って歩くときは颯爽と歩くんです。野良犬だってそうでしょう。まっすぐ前を見て歩いているでしょう。あの犬は尻尾を丸めて、その辺りをぐるぐるおびえるように回っていただけなんです。だから迷い犬とすぐ分かりました」  素人の浅はかさだ。なるほど説明を受ければ納得できる。だが説明を受けても納得が出来ないのは「どうして犬のためにそこまでするの?」の回答だ。幾度か尋ねて今だ理解できないでいる。