出世

 ハッキリ書くと特定されてはいけないから難しいところだが、もうつき合いは長いし、結構冗談も言い合える仲だから話のネタに書く。めでたい話だし、そんなに細かい女性でもないし。  まだ何の肩書きも持っていないころから僕は彼女に「将来は婦長になる」としばしば言っていた。ほとんど冗談だったのだが、実際になるらしい。ありとあらゆる彼女の不調をお世話しているから、時に励ましのため、時に脱力を促すために多用した冗談だが、その都度彼女は「そんなことはありえん」と照れ笑いで返して来た。「まだ内定だから内緒にしておいてね」と、それこそ本当に内緒にしていればいいのに喋りたかったらしい。当然僕も嬉しかった。ところが、いざ決まってみるとその重圧で喜んでばかりはおれないらしい。色々と具体的に問題を上げて不安を訴えてきた。期待と不安とは良く言ったものだが、まだ期待がある分幸せだ。僕なんかには、期待と不安という相反するものは存在しない。ほとんど舞い上がって、どちらかと言えば奇態と不安だ。その点彼女は不安ながらも職場でのテーマを見据えて前を向いている。  振り返ってみれば、ただひたすらに業務をこなしていただけの彼女だが、そのただひたすらにを評価してもらえたのだろう。無欲でお人好しで、田舎にはいくらでもいるような人だが、過酷な勤務をこなしてきた実績が報われたのだろう。その点だけに僕も陰ながら貢献しているから、喜びを分かち合える。「まかせておいて、又必死で考えて漢方薬作るから」とエールを送ると、嬉しそうな顔をして帰っていった。期待と不安の不安を僕の所に落として、期待を胸に、肩書きに恥じない仕事をして欲しい。