武器

 「ついに来たか、ついに決心したか」と胸が高鳴った。  僕の漢方薬を利用してくれている若いお母さんが「1時間くらい後に相談に行ってもいいですか?」と電話で前もって連絡してくれた。僕の薬局が暇なことを知っているはずだから、また相談なんて堅苦しい言葉を使ったから、僕はきっと何かあると思った。それもただごとではない、しかし悪いことではなく、何かワクワクするような内容の相談だと勝手に決めた。それは、恐らく常日頃の彼女の屈託のない開放的な話し方に起因しているのだろうが、僕の勘に自信はあった。だから彼女が来たときにこちらから機先を制して「遂に決心したんだ。やはりオーナーになって頑張るんだ」とほとんど断言に近いような言い方をした。と言うのは、牛窓に2軒目のコンビニが出来るらしくて、その新店舗のオーナーに彼女が名乗りを上げるにあたっての相談だと思った。この出店話が耳に入ったころ、よその街に住む彼女に伝えたことがある。当時も今もコンビニで働いている彼女は、その出店の話をしたときに、さすが業界にいる人だと感心するような話をしてくれた。  その話ぶりから、オーナーになることにほとんど価値を見出していなかったが、何か理由があって判断を翻らせたのかなと期待していたが、残念ながら相談は体調に関してだった。  医者ほど知識も権威も金もないおかげで、結構自由に多くの人と話が出来る。性別も年齢も肩書きも経済も、僕にはほとんど壁にならない。人間みんな平等だというのを青年期からかなり意識して生きてきたおかげで、相手が善良なら飾らない、嘘のない会話が出来る。色々な生き様に触れ、年齢と共に人間が愛おしくなった。歳をとることで得る数少ない人間的な武器をフルに生かして生活できているように思う。今日の若いお母さんのように、ささやかな幸せと交換に、懸命に生きている人達のハッとするほどの魅力に気づくことが出来るのも、最近やっと手にした一つの武器だ。