息子

 「誰もお客さんがいないのだったら、息子を連れてくれば良かった」残念そうな顔で言うから、一瞬僕は対応に困った。確か彼女は独身だし、まして半年くらい前にもおなかがおおきいようには見えなかった。「私も同じのにしたんですよ」と言う言葉で息子の意味が分かった。  最初来たときに相談机の上に並べられた薬の多さに驚いた。まだ若いのにそれらの薬を10年以上飲んでいると言う。不安神経症的な要素は感じられたが、それ以外は全くごく普通の女性で、寧ろ気配りの行き届く出来た人だなあと思った。その出来過の人格こそ、多くの壁を作り自分の心を痛めたのだろうが、どう見ても病人には見えない。それだけの薬を飲んでいてどの程度良くなったのかと尋ねても、皮膚が痙攣すること以外は効果が分からないと言っていた。寧ろ眠たくて倦怠感に襲われるから余計しんどいとも言っていた。どう見ても多すぎるから先生にもう一度点検してもらったらと助言しても、結局薬は一つも減らなかった。僕は低血糖気味な極度の倦怠感をお世話することになったのだが、常にその薬の多さは気になっていた。  ところが昨日彼女との話の中で心療内科の薬をほとんど止めていることが分かった。その立て役者はまさしく「息子」なのだ。僕の助言ではない。いつか薬を取りに来たときに、我が家のミニチュアダックスのモコを紹介したのだ。とても彼女は喜んで1時間くらい戯れていた。その後同じ犬種の犬を買い求めたらしく、その雄犬が彼女の心をとても癒してくれているらしい。だから効いているのか効いていないのか分からないような安定剤や抗ウツ薬は不要になったらしい。元々必要性を感じなかったが、昨日の彼女は病的な要素をますます見つけることが難しくなっていた。素敵な女性が薬局の中で僕と談笑しているとしか誰にも見えなかっただろう。  7万円の息子の効力はすごい。小さい犬は人間に頼り切ってしか生きていけないからとても甘え上手だ。その甘え上手に彼女の心が解けて、長い間の病気に逃げ込む姿勢から撤退できたのだと思う。病気に逃げ込むことによってでしか身を守ることが出来ない人は結構いて、そう言った人に容易に薬が処方される。薬でしか治せないのかといつも疑問に思いながら僕も処方せん調剤しているが、実は薬以外でしか治すことが出来ないものも多い。誰かの利益を保証するために心を病んだりしたらもったいない。犬でも治すことが出来るもので苦しんだらもったいない。愛情をかけてやる存在、頼られる存在の偉大なこと。モコ~