実写版

 漢方薬を作って会計がすんだ後、その男性は帰ろうとしない。元々、ゆっくりとかみしめるように話す人だが、何か言いたげだった。当然僕はその間に耐える。  「昨日、魔女の宅急便の映画を見に行ったんじゃ」と全く似合わないようなことを言うから「漫画が好きなの?」と尋ねると「実写版じゃ」とえらいモダンな答えを返してきた。僕よりは10歳は大きいと思うから、なんだか通のように聞こえる。何となく僕もテレビでそのことを聞いたことがあったから話にはついて行けたが、70を過ぎた人がわざわざ実写版と言えども映画館に足を運ぶことは考えづらかった。ここから先は、会話形式で再現する。 「あの映画は、うちの畑でとったんじゃ」 「ナンキンやスイカじゃないんだから、畑でとれる訳けないじゃろう」 「それがとれるんじゃ、会社の人が30人くらい来てとったんじゃ」 「白菜の話でもしているの?」 「映画の話じゃ言うとるじゃろう」 「そうなの?テレビで宣伝していたけれど、あの映画は牛窓で撮ったの?」 「去年うちの畑で撮った。30人くらいの人が畑の中を歩き回ったから、運動会の跡みたいに荒れた」 「それじゃあ、俳優か女優も来ていたの?」 「女の人がほうきにまたがっていた」 「サインでももらった?ご主人、魔女の後ろの方でVサインでもしていたんじゃないの?」 「いやあ、近づかないでくれと言われていたから、ほとんど見てねえ」 「地主に対して、えらそうななあ」  僕は薬局の中に1日中閉じこめられているから、その様なことは耳にしていない。車で5分の所での出来事だが、噂にも乗らなかった。俳優達が人気がないのか、混乱を避けたのか分からないが、あるいは撮影が牛窓でしばしば行われるから飽きたのか知らないが、良くその男性は今までそれを口に出さないことに耐えていたと思う。「うちの畑じゃあ言うのはすぐ分かった」と誇らしげに言ったが、この一言を口にする最高のタイミングを見計らっていたのだと思う。 「お礼に何かもらったの?映画の招待券でもどさっとくれたの?」 「何もくれるもんか」 いくら許可したからと言っても、まるで運動会のように荒れさせて、何もお礼なしとは驚いた。部外者だが、そう言った人種の非礼を僕は良しとしない。 「撮影が済んだら、耕していけ!」 僕ならそう言う。