僕は東野英次郎か西村晃か、それとも佐野浅夫石坂浩二か、いやいやもっと世代が近い里見浩太朗か。人をまるで水戸の光国のように思っているのか。僕のプライドが・・・許す。  「インキョ」と言われれば僕らは職業柄すぐに「陰虚」を思い浮かべる。漢方用語で、体力が消耗している状態、あるいは枯渇している状態を指すのだろうが、哲学過ぎてあまり僕自身も分かっていない。分かっていなくても分かっている人以上に治したり出来るから、哲学でなく医学が漢方でも必要ってことだろう。  すぐにそのインキョを想像したのだが、どうやら相手は隠居の意味で使ったらしい。久し振りに薬局に来た人だから、僕が店頭にいなかったのを不審に思ったのだろう。呼ばなくてもいいのに敢えて僕を指名してくれた。出ていくとこんな簡単なことかというレベルの内容だったが「インキョ?」と思いっきり語尾を上げた。薬のことより僕がいなかったことの方が圧倒的にテーマだってことが分かる。とっさに陰虚が頭に浮かんだが、素人が出す言葉ではない。分からない風を装おうかと思ったが、それでは本当の隠居おじさんになってしまうから、「まだまだそんなにのんびりはできないよ」とありきたりの言葉を返した。 隠居と引退にどのくらいの差があるのか知らないが、どうも隠居に次はなさそうだ。せめて「引退?」くらいがよかったのかもしれない。