離岸

 このところ、出かけるときにはほとんど旗を持たない添乗員だから、今日の高松はよかった。家を出てから帰るまで単独の行動だから、時間に拘束されない自由が心地よかった。本来僕はこうした行動しかしたことがないのだが、ここ数年は、誰にともなく恩返しみたいな行動をとっている。  今日僕は気がついた。フェリーに乗る楽しみは、前方に目的地、高松の一際高いタワーや玉野の工場の高い煙突などが、微かに見えて、それが次第にはっきりと見え始め、やがて街並みの全容が姿を現すドラマが好きなのだ。それが証拠に、何冊も平生読めない薬学の雑誌を持っていって、読み終えるたびにゴミ箱に捨てる作業を、離岸したらすぐに始め、夢中になって読んでいる。途中島々や、すれ違う船に目を向けることはあっても、身を乗り出すようなことはない。ただ、もうそろそろかなと言う時間帯になると血が騒ぎ始めて、3階のデッキに上がり、前述の展開を堪能する。今日は、デッキだと少し肌寒かったから他の人は上ってこずに、僕が独り占めしていた。贅沢な一時だ。  今日の高松行きには漢方の勉強以外にもう一つ目的があった。フェリー乗り場のすぐ前に、アルファあなぶきホールという大きな建物があって、それが何か以前から気になっていたのだ。インターネットで調べると香川県の文化センターみたいなものらしくて、大きなイベントが行われるところだ。丁度今日は第九のコンサートがあるらしくて、大きな楽器を持った人達が集まってきていた。僕はそれを最上階にあるレストランから、フラッシュモブでも始めてくれないかなと、勝手な思いで見ていた。  県庁所在地にはとても見えない人口密度の低さに毎回慰められる高松の休日?だ。