安全運転

 「えっ、いつの間に立ったの?」と薬局から覗いてみるが勿論看板はない。それはそうだろう、数日前に依頼して、業者がデザインしてきますと言って帰ったのだから、勝手に完成させるはずがない。値段も聞いていないし、文言などもまだ未定だ。 それなのに見せて貰った大きな写真には、もう立派な看板が立っていた。それも結構素敵なものが。看板の横には僕の車と娘の車が置いてあり、今まさに薬局から覗いている光景そのものだ。  写真は3枚あり、微妙に色や文言が違っている。駐車場の看板をデザインしてきたから娘夫婦に検討して貰いたいのだろう。まじまじと僕は写真を眺めてみたが、合成しているようには見えない。外に目をやれば当然のように看板があってもおかしくはない。僕らの何でもないような仕事にまで、その様なテクニックが行使されるのが意外だった。僕の心づもりでは、ラフにデザインしてきたものの中から、想像力を働かせてベストなものを選び出す作業だと思っていた。この写真を見ると想像力などまったく要求されないのだ。  いとも簡単に答えが導かれそうなのが物足りなかった。色々と悩んで答えを見つけたかった。一生のうちで20台は収容できるような駐車場を手に入れることが出来る機会など滅多にあるものではない。折角の希有な体験が、合成写真で決まる。なんとも味気ないなと思ったが、失敗を犯すリスクはさすがに低くなるだろう。でもその安全運転の陰で又一つの考えたり悩んだりする人間らしい行いが一つ捨てられたような気がした。