命綱

 その光景をガラス越しに目撃したとたん、僕は自分に決して頭に来ないように言い聞かせた。何故ならもっとも僕が嫌いな光景だから。ましてそれが薬局に薬の注文をとりに来るセールスの仕業としたら。
 3台しかない薬局の前の駐車場は、薬局にとっては命綱だ。幸い僕の薬局の道路を挟んだ対面には10台くらい止めることが出来る駐車場があるが、足の不自由な方などは、薬局のすぐ前の駐車場が便利だ。縦列に駐車すれば3台止まれるようにしているが、時に我が物顔に横付けにする輩がいる。職業的に圧倒的に多いのが警察官と教師だ。理由は敢えて述べないが皆さん恐らく共通認識を持っていると思う。まあその人たちは、その共通認識の理由ゆえに仕方ないとして、薬局が客の人間が営業の邪魔をするとは何事だろう。このパターンは今までみたことがない。一瞬にして首から上に僕の血液は集まったが、そこは持ち合わせている理性で十分抑えられる・・・・・・・・はずがない。僕はその車から降りてきたセールスに「なんて車の止め方をしているんだ、そんな止め方をするんだったら来るな!」と大声で怒った。それでも気持ちが治まらなかったので「2度と来るな!」と怒鳴った。
 つい最近ベテランのセールスから僕の薬局の担当を代ったばかりで、同行して挨拶に来た時以来、初めて一人で回ってきた。いわば若いセールスの独り立ち初日に当たる。一体この男は、どんな育ちをしたのだと思った。よほどかわいがられて、守らなければならないルールも教えられなかったのか、与えられることばかりで与えることをしなかったのかと考えてしまう。エバルスと言う県内では最大手の薬の問屋だが、今まで来たセールスたちはとても優秀だった。時代が変ったのかなどという理由で納得できる失態ではない。信頼を失わせかねない態度だ。僕はそのセールスの対応次第では本当に取引をやめようと思っていた。ただ、その後の態度で執行猶予にしたが、未熟すぎて話にならない。その日以来、あのような駐車はしないが、社会の厳しさを少しは分かっただろうか。