零細

 「わざわざ、○○町から来たんよ」と恩着せがましく言われる程の距離ではない。北海道から訪ねてくれる人があるくらいだから僕はそのくらいの距離では驚かないし恩にもきない。さすがに昔は遠いイメージをもっていたが、今は合併して同じ市になっていて、車で20分もあれば来れる。 シップ薬を買いに来たらしいが、会話が成り立たない。シップが効かないと言いながらシップをくれと言うが、それが僕に言っているのか、独り言か分からないのだ。付き添ってきた女性でも僕より年上に見えそうだから、恐らく80歳をかなり過ぎているように見える。それでも僕は気を取り直して、いつものように容体を尋ねた。すると内科で貰っているシップが全く効かないとか、○○と言うドラッグストアで買っているシップが全く効かないなどと、尋ねていることに答えることが出来ない。シップなど何処で貰っても同じようなものだから、敢えて今日僕が又シップを出す理由はない。何処が痛いのと質問方法を変えてみたら、腰から下を順繰りに色々押さえながら教えてくれた。「お姉さん、ここの人は違うよ」と付き添ってきた女性が老婆に言った。どういう関係か知らないが恐らく親類なのだろう。老婆の訴える痛い場所に特徴があるので「100メートルくらいは歩けますか?」と尋ねると僕の予想の通り30メートルが限度だと言う。そこで又付き添っている女性が「お姉さん、ここの人は違うよ」と言った。「足の甲までひょっとしたら激痛が走るのではないの?」と重ねて尋ねると「そうなんよ、いくら先生に言ってもシップと痛み止めをくれるだけで全然効かんのじゃ」と段々答えがまともになってきた。するとまた女性が「ここの人は全然違うよ」と言った。  症状から推測すると脊椎間狭窄症だろう。年齢が年齢だから、かかっているという内科の先生もまともに相手をしてくれていないのだろう。余りにも痛そうなので漢方薬で少し改善できるかもしれないから、又その気になったら訪ねて来るように言った。すると老婆が電話番号を教えてくれと言うから、残っていた新聞折り込みのチラシを渡した。するとそれをカウンターまで取りに来た女性が見て「あれ、ここがあのヤマト薬局」と大きな声をあげた。「お姉さん、このチラシよく見るじゃろう」と老婆に見せると、老婆もよく見ていたみたいで驚いていた。 どうも話の内容からわざわざ来たようにはない。ほとんど通りがかりのように思えるがそんなことはどうでもいい。僕にとっては、又若夫婦にとってもごく当たり前の接客が「ここは違うよ」と思われるようではいわゆるOTCの世界は終わっている。多くの国民が恐らくろくでもないような薬の選択を強いられているのだ。悲しいかなそれが違法でもなんでもなく寧ろそちらの方があまりにも規模が大きすぎてまるで優れているように見えてしまう。本当は「ここは違うよ」ではなく「業界全体が違うよ」だと思うのだが、なにぶん当方は零細すぎる。