肥料

 それはないだろう。余りにもひどいからどこで買ったのか敢えて尋ねなかった。知れば余計不愉快になりそうだったから。 2年ぶりくらいにグリセリン尿素を買いに来たから又何か化粧水でも作るのだろうことは想像できた。グリセリンは容器を持ってきてくれたから、簡単に100cc分けることが出来た。その後にこれを下さいと言って出されたのが、問題の尿素なのだが、その袋を見て驚いた。大きな空になった袋には確かに尿素と書かれていたが、なんと容量が800㌘入りなのだ。それも肥料と書いてあった。こんな大量の尿素を、それも不純物だらけの物をひょっとして化粧水を作るために買って使用したのかと思ったので尋ねてみると、隣の市で買ったと言った。若い者に連れていってもらい店の人に言うと、同じだからこれでいいと言われたらしい。もう80歳を過ぎている老人の顔を見ると、頬から鼻のあたりに以前にはなかった赤紫の色素班が広範囲に残っている。それが尿素を使って出来たものかどうか分からないが、影響は十分考えられる。持参した尿素の袋は決して古いものではない。一体800㌘の尿素をどのくらいの期間で使い切ったのだろう。  明らかに確信犯だ。皮膚に直接接触するものが肥料であっていいはずがない。純粋な医療用のもので、それも極微量混ぜるだけでいい。まさかその事すら知らないのなら確信犯以前に店頭に立つ資格もない。知っていたら確信犯だし、知らなければそれも又罪だ。いくらの売り上げが欲しかったのか知らないが、相手が田舎の老人でその店は助かっている。普通なら訴えられるだろう。  この様な物を使ってはいけないと説明をしていると、連れてきていた娘?、嫁?らしき人が焦り始めた。何か感じたのだろう。ひょっとしたらその女性が連れて行ったのかも知れない。どうしてこんなに安易なことをするのだろうと、情けなくなったが、同じ町でありながら僕の薬局をその女性は選ばなかったのだから、僕の実力不足だ。何もかも僕の所に来る必要はないが、せめて繊細な問題だけは僕を選んで欲しいと思った。以前は自転車でやって来ていた老婆は最早、自分の足で僕の所に来ることが出来ないから、若い者の言うとおりに従っているのだろうが、薬にたいして安易すぎる風潮は確実にこんな田舎にまで押し寄せていて、正しいことが軽んじられる空しさと時に遭遇することもある。  僕の娘が調剤用の尿素を10gだけ測って渡していた。値段が付けられないくらい安いが、本物を見抜く力を養ってと言葉を添えたかった。仕事は楽しくて仕方ないが時にこのような空しさに襲われることもある。