途中下車

 地味に凄い。表に出ないヒーロー。  漢方薬でお世話を数年間している方のお父さんの話。公務員を定年退職してすぐに発ガンして、手術した後からお世話しているのだから、その方もすでに60の半ばに達している。お父さんはこのことから想像がつくが今年で97歳。 そのお父さんが1ヶ月前にバイクで畑に行っていて転倒して肋骨を4本折った。さすがにその時は痛かったらしいが、治療と言えばついでにすりむいた足の傷を治してもらうために通院しただけで、肋骨の方はさらしを巻いていただけらしい。そのうち痛みが引いてくるともうじっとしていることが出来なくて、再び畑に通い始めた。さすがにバイクはもう危ないので、正式な名前は忘れたが、物を運ぶ為だけの小さな車があって、それに乗って毎日畑に行っているらしい。そんな病み上がりで何が出来るのだろうと思うが、驚くことに何でも出来るらしい。草むしりは勿論、鍬も鎌も使える。朝出かけると夕方まで帰ってこないらしい。この快復力はなんだと思うが驚きはそれだけではない。  お父さんの頭の中は予定で一杯なのだ。5月になれば何々を植えなければならない。夏のスイカはどうのとか、秋はどうのとか、話はまだ早いが来年の春の予定まで組んでいるらしいのだ。僕など来年のことになるともう自信がない。その時に元気でおられるかどうかなど分からないから、絶対に約束をしない。口にも出さないし、考えることもしない。今回初めて病院にかかったというまれに見る健康な人だから、来年も再来年も当然自分の中では保証されているのだろうが、この差はなんだろう。積極的に生きていけるキップを何十人分集めて電車に乗っているようなものだ。途中下車ばかりの僕とはえらい違いだ。 同じ田舎でも育てることを旨とする山と、獲ることを旨とする海とではこんなに違うのだろうか。