大見得

 ぼそっと「感謝しています」って言われたから、「ええっ!そうなんだ」と心の中で答えた。個性なのだろうが、神秘性を秘めた女性と言えば格好いいが、恐らく派手なことが嫌いな裏表のない女性なのだろう。言葉は多くないが、ゆっくりと少しだけ笑みを浮かべて会話は進む。力みがない人で応対しても心地よい。こちらも裏表無く接することが出来る。もっともそのことに関しては誰に対しても同じだが。  彼女のお父さんがリンパの癌になった。彼女もお母さんもとても良くしてあげた。結構遠くの方なのだが、漢方薬の縁で長いつきあいだから、何となく自然にお父さんの漢方薬も頼まれた。僕が癌の方のお世話をするスタンスは至って簡単だ。病院の抗ガン剤治療をダメージ無く受けて頂くことに尽きる。それが出来れば結構皆さんその後も元気で暮らして頂いている。僕の役割などそれだけだから大したことはないのだけれど、何故か漢方薬を飲んで頂くと圧倒的に抗ガン剤治療の副作用が減り、結構元気で長生きをしてくれる。  この女性のお父さんも、余命半年と言われていたのに1年が過ぎ、後は健診だけでいいと言われたらしい。家族の献身の割にはお父さんは、せっぱ詰まっていなかったのか、入院中などにも漢方薬をそんなに真面目には飲まなかった。だから今回退院しても、どうしても僕の漢方薬を飲むとは言わなかった。僕は薬を自分で勧めることは原則としないが、今回は違った。折角命を拾っているのだからせめて5年間は飲めばいいと思うのだが、本人はもう治ったつもりでいるのだろうか。しかしさすがにお嬢さんは「漢方薬のおかげ」と評価していてくれてお父さんを説得すると言っていた。  何度も繰り返すが、僕は好んで癌の方の世話はしない。多くのカリスマ漢方屋さんは、あたかも自分が治しているかのように喧伝するが、結局は自身がその病に倒れている。それはそうだろう、薬局ごときに癌の方の世話が出来るはずがない。分不相応の大見得を切れば、それによって自身が苦しむだけだ。もっともそうした人達は現役の時は快感の中にいたのだろうが。