マムシ

病院の待合室に「マムシに注意」と書かれてもどうしようもない。まさか待合室に出るのではないだろうと、患者さん達は不安そうだったが、結局は病院の裏の畑だったらしい。病院はそれこそ海岸沿いに建っていて、マムシが出そうな所ではない。そういったところでマムシが目撃されるのは、畑が耕作放置され山に戻ったってことだろう。  何人かの患者さんから、マムシの話を聞いた。農家の方にとっては別段珍しいことではないから、冷静な体験談が聞かれ、そうでない人からは恐怖だけが伝わってくる。そんなやり取りがすんだ時間帯におもむろに薬剤師が言った。「お父さんを呼んで来ましょか」と。ぼくは何を言っているのか分からなかった。当然聞き返すと「父はマムシを捕まえるのが得意なんです」と若干照れながら言った。それは照れるだろう、世の中にどれくらいの割合でマムシを捕まえるのが得意な人がいるだろう。怪訝そうな顔をしているだろう僕に説明をしてくれた。「父は、マムシを食べるために捕まえるんです。だから捕まえるのは得意です」これには参った。マムシをとって食べるお父さんと、上品な薬剤師が結びつかない。ただマムシを捕まえるお父さんに、いや、その捕まえ方に興味がわいた。だから薬剤師に頼んでいた。お父さんがどうやってマムシを捕まえるのかを。  その答えを今日もらった。棒が一本あればよくて、頭をねらって一撃するのだそうだ。マムシはそうされると気を失った真似をして動かなくなるから、そのタイミングで頭をつかみ一件落着らしい。道具が棒一本には驚いた。もっと重装備かと思ったら、原始的にも程がある。よほど踏んだりしなければ飛び掛ってきたりするものではないらしいから、実際には素手で捕まえられるらしいが、やはりその勇気は僕にはない。食べるのを目的に捕まえるから、きれいに殺さなくてはならないから、紐で首を絞めるらしいが(どこが首か僕には分からないが)、話のどの部分をとっても興味深かった。薬剤師から間接的に聞いた話だが、昔の田舎で育った人は勇気がある。