投影

 分かる、分かる、頼んだ僕の方がいけなかった。  ある人に連絡を取りたかった丁度その時、同じ職場の方から電話がかかってきた。要件がすんだ後安易に伝言を頼んだのだが、電話口で渋っている様子がもろに分かった。すぐに僕は依頼を取りやめようとしたのだが、相手は理由を自分で説明した。「私は嫌いじゃ、あの人は八方美人だから」と。簡単明瞭だ。 その言葉を聞いて、僕はすぐに二人は合わないのだと気がついた。勿論どちらもがそれぞれ不調を抱えていて漢方薬を取りに来るが二人の関係性など考えたこともなかった。僕にはそんなこと興味もないし、この電話さえかけなければ触れることのなかった話題だ。偶然僕が依頼したことで発覚したことなのだが、発覚しても何がどう変わるわけではない。従前通り僕は二人ともに全力を尽くす。  単純明快に切り捨てた女性は、卑下の女王だ。自分の全てを卑下してしまう。斜に構えて自分の至らなさを口癖にする。でもそれは決して慇懃無礼ではなく、その態度こそが彼女の評価を上げているのではないかと思えるくらい板に付いているのだ。恐らくそれは意識した謙遜ではなく、育てられ方にあるのではないかと思う。又人生のいくつかの肯定しがたい場面の投影ではないかとも思う。  およそ人生の中で自慢などとは縁のない生活を送ってきたのだろうが、その謙遜上手こそ誰にも自慢できるものだと思う。