名人

 僕は彼女のことを謙遜名人だと思っている。時々視線を合わせ照れ笑いを浮かべ、自虐的な言葉を連発する。まずお世辞などは決して口にしない僕が心底褒めても同じだ。しかし大切なことは彼女が慇懃ではないってことだ。また、いっさいの演出もしないってことだ。何処でどう覚えたのか自然流の謙遜名人だ。 なんてことをずっと感じていた。ところが昨日そのルーツが分かった。もう彼女には数年頓服的に漢方薬を作っている。当初相談された症状は完治しているが、以来漢方薬が好きになって、たいていのトラブルは漢方薬でお世話できている。昨日彼女がお母さんを連れてきた。もうかなりの高齢なのに現役で畑仕事をしているらしくて歩くのも杖を頼りにしている。しゃがむのも苦労しそうに見えたが、その膝を何とかしてくれって相談だった。その為に僕は問診を始めたのだが、そのお母さんの話しぶりがまことにお嬢さんに似ている。まるでお嬢さんのコピー、いや本当はお嬢さんがお母さんのコピーそのものだったのだ。一つ話をする毎に謙遜が一つ入り、一つ話をする毎に自虐が一つ入る。ホラの一つでも、自慢話の一つでも入っても良さそうだが全くこのリズムは崩れない。終始謙遜の照れ笑いで通した。  生を受けてから、いや胎内にいるときからこの母親の話しぶりを聞き続けてきた結果がこうなのだろう。体の特徴が似ているのなら遺伝要素として納得できるが、話し方、話す姿勢までが一致していることに驚く。ある公的機関のお掃除おばちゃんとして仕事に対する自負は話しぶりではなく伝え聞くところで感じることは出来るが、路傍の石の路傍の謙遜にどんな雄弁よりも心を洗われる。