こだわり

 いつもと変わらぬ甘えん坊のような話し方なので尋ねてみた。「自分、放射能のこと少しは気にしているの?」と。すると彼女は「全然。牛肉も今安いから食べてますよ」とあっけらかんとしたものだ。「今がチャンスだもんね」と僕もこうなればやけくそで応じたが、彼女の一番の関心事は常にお腹のことなのだ。  僕は当然最初の症状を知っているからもう治っていると思うのだが、本人は絶対認めない。彼女にとって100点以外にはないのだ。ところが彼女はタバコも吸う。さすがに幼い子供達のことは気になるのか、換気扇を回しながら換気扇の下でプカプカやるらしいが、もう20年は吸っているだろう。お腹に関して100点しかあり得ない彼女が、タバコに関してはおおらかだし、放射能に至ってはほとんど眼中にない。電話で話しながらこのギャップはなんだろうとこちらの思考回路を一端ご破算にしなければついていけない。  人はこだわりで幸せにもなるし不幸にもなる。人はこだわりで身を守り身を滅ぼす。人はこだわりで人を好きになるし嫌いにもなる。固有のこだわりさえ満たされれば人生はバラ色だ。となるとこだわりは少ない方がいい。多くのこだわりで失望したり怒ったり悲しんだりでは身が持たない。最低限のこれだけは譲れないほどでいい。多くのこだわりを持てばそれだけ不自由になる。一つか二つに絞れば後は野となれ山となれで自由に暮らしていける。よし、これから僕は何事にもこだわらない生き方だけにこだわって生きていこう。これだけは譲れない。