常套手段

 「オトウサン ホウシャ ッテ シッテイマスカ?」と言われてすぐに思いつたのは硼砂だった。昔は良く売れていたみたいだが、今は売れなくて記憶の中にしかない。「硼砂?」と聞き返したがなんだか違うように聞こえたのか「ホウシャ フクシマ」と今度はヒントを添えてくれた。これではっきりした。「放射能のこと?原始力発電所の事故のこと?」と尋ねると「ソウデス」と答えた。  今になってなぜこんな話をするのか、不思議だった。言葉の壁によって、情報から隔離されているような彼女たちだから、やっと今頃事故のことが耳に入ったのかと思ったが、まさかそこまで時間差はないだろう。今度日本語検定の1級を受ける彼女は、ほとんどの日本語を理解でき書けるが、さすがに新聞までは読まない。ただ、「ホウシャノウ アンゼンデスカ?」と聞かれたので、何か彼女を不安にする情報に接したのだろう。  恐らく、他の外国人同様、情報の外に置かれ、あたかも何もなかったかのように工作するこの国の魂胆の犠牲になっているのだろう。僕は「福島には本当は人が住んではいけない、福島の物を食べたりするのはもってのほか。お金持ちや意識のある人は多くが福島から逃げていると教えた。実際に我が家も静岡県から東のものはあれ以来食べていないことも教えた。  「そんなに深刻そうな顔をして、どうして今頃になって福島の事故のことを聞くの?」と尋ねると彼女の答えがショッキングだった。「オネエサン フクシマニスンデイマス。10ネンマエニケッコンシテ、ツナミガキタトコロデ ノウギョウシテイマス」と答えながら表情が次第に険しくなってきた。単なる知識欲で質問されたと思ったから僕は常日頃思っていることを隠さずに話した。落胆の色が彼女の顔を覆う。  あのあたりの農業の後継者不足を、かの国の女性で埋めているのか分からないが、あのあたりの放射能汚染をかの国の若者の力を借りて取り除こうとしているのではないか。危険な仕事は、言葉が通じないことを悪用して、彼らにやらせることはこの国の常套手段だ。  昔戦争で命を奪い、今又放射能で命を奪う。戦争犯罪者の孫が同じことを繰り返す。戦争に加担した庶民が同じことを繰り返す。お世辞にも自慢できる国などではない。