硬貨

 会計の時、出された硬貨が冷たい。近所の人だから何かの都合で、遠回りして歩いてきたのかと思った。時々冷たい硬貨に接することがあるが、ほとんどは外で働いていた人や、遠くを歩いてきたり自転車やバイクで来た人ばかりだ。 「どこかへ行っていたの?」と尋ねると、「いいや、仕事から帰って家にずっといた」と答えた。この硬貨の冷たさだと戸外にいたのと違わないのではと、もう一度感触を確かめる。暖房費を節約しなければならない経済状態でもないし、逆に倹約を美徳とするような人でもない。一人暮らしだから単なるずぼらなのか、あるいはアルコールという名の強力な助っ人を楽しんでいるのか、どちらにしてもこの数日の寒さをしのぐには心許ない。 ある時から次第に彼の家族が減って来た。自然の摂理で減った部分もあるが、人間関係をうまく保つことが出来ずに減った部分もある。結局はひとりぼっちになったのだが、現代は寧ろその方が気楽に快適に暮らせれることも多い。彼も又外見からはその様に見える。その事に関して良いこととか悪いこととかの判断は最早入り込む余地はない。それこそ時代の流れで、他者が評価することは出来ない。まさに個人の自由なのだ。  「又寒い家に帰っていきますわ」と珍しく冗談めいた言葉を残して帰っていったが、硬貨の冷たさで見破られた孤独の照れ笑いのようにも見えた。