農薬

 「下の方が白くなっているけれど、それは農薬だからよく洗って食べてよ」と言われなければ素直に喜んで食べただろうが、そこまで言われるとさすがの僕も抵抗がある。ただ、正直にそこまで言われるとなんだか、農薬のイメージもマイルドになる。洗って食べればいいのだと思えてしまう。ほとんどの市場に出回っている作物が農薬なくして作れないことは分かっているが、人は目に見えなければ、味で判別できなければそんなに恐れるようなことはしない。まして特に昔と今の農薬の強さには雲泥の差があるからどうしても寛容になる。 ただ、これがかの地から送られてきたものだとなるとそうはいかない。そもそもお酒を飲む習慣がない上に、連帯だ絆だ頑張ろう何てかけ声をかけられても、こちらのテンションは上がらない。ひ弱な身体の上にまだひ弱を強いられるようなものを体の中に入れるわけには行かない。明治や大正の人ほど屈強な身体を持ち合わせていないから、何とか自分で消耗を避けてやっとの事で日々を暮らしているのに、人類最凶のものに肉体を暴露させたくはない。ケースの上から放射線の強さを測れても、液体まで測る器具は持ち合わせていない。折角のかの地の銘酒も、今は戸外で出入り禁止の刑に処せられている。そんなもの全く気にしないと言う豪傑が来ればすぐに持って帰って貰うのだが、そんなのんべいは未だ塀の向こう側だ。 時に見えないものに勇敢になったり、時に臆病になったりするのが人間だが、その振幅が裏目にでがちなのも又人間だ。人類最凶のものを恐れることが出来なかったり、人類最低のものを畏れ敬ったり、人類が進歩しているなどとはとても考えられない。冷やで一杯頂きながら・・・いやいや僕はしらふで頑張るぞ。